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Monday, March 6, 2023

An inevitable consequence of applying monolingual assumptions to multilingual societies

This interesting article points out that Manobo languages in Mindanao are being lost to Cebuano, not to English or even Tagalog. It reports that people prefer to read the Bible in Cebuano and find the versions in their own languages "too difficult to read." It then challenges the age-old and mainly protestant claim that the Biblical messages are best conveyed in one's mother tongue.

Well, I would say such assumption derives from the linguistic nationalism arguments dating back to the Europe of Luther and Herder that needed to promote monolingualism. It fails to take into account the fact that Filipinos always code-mix and that one's primary language shifts over time and from domain to domain. That's why bible translations in a "pure" form of vernaculars are not so popular except in well-established ones like Tagalog, Cebuano and Ilocano. They sound "unnatural" with so many lengthy and unfamiliar words! They don't resemble the code-mixed form of the language they use in their everyday  lives!

Likewise, it's little wonder that some people prefer to read the Bible in English rather than in their own language. For me personally, too, colloquial translations like the Good News Bible (Today's English Translation) is far more readable than the predominant one in my language (New Interconfessional Version) which used formal register. Thanks to the GNB, my elementary-school-age daughters have access to the word of God. They will have to wait until at least after high school to have access to the formal register and unfamiliar kanjis in the Japanese bible. 

Thursday, August 4, 2022

Advantage of Chinese over Japanese 日本語に対する中国語の利点 中文優於日文的優勢

An advantage of Chinese over Japanese: The meanings of the scientific names of dinosaurs are apparent, even without knowledge of Latin and Greek. For example Brachiosaurus is 腕龍, which literally means "arm dragon." 

An advantage of Japanese over Chinese: Despite meaning of katakana being obscure, Japanese users have easy access to western literature on dinosaurs because the names sound substantially the same. 

日本語に対する中国語の利点: ラテン語やギリシャ語の知識がなくても、恐竜の学名の意味は明らかです。たとえば、ブラキオサウルスは腕龍で、文字通り「腕の龍」を意味します。

中国語に対する日本語の利点: カタカナの意味が不明であるにもかかわらず、日本人ユーザーは名前が実質的に同じように聞こえるため、恐竜に関する西洋の文献に簡単にアクセスできます.

中文優於日文的優勢:即使不懂拉丁語和希臘語,恐龍學名的含義也很明顯。例如腕龍就是腕龍,字面意思是“臂龍”。

日語優於中文的優勢:儘管片假名的含義晦澀難懂,但日本用戶可以輕鬆參考西方有關恐龍的文獻,因為名稱聽起來基本相同。






Tuesday, May 3, 2022

琉球語和琉球腔日語的差別

片頭是琉球腔的日語所以沒字幕
內文則是琉球語,所以有字幕
大多數的琉球人也聽不懂,所以要有字幕
而且琉球語內部,琉球各地的方言互不相通
因此,琉球腔的日語可以說是今日全琉球的共通語
中年以下一般人是琉球腔日語和日語的雙語者
只有鄉村和老一輩,以及從事鄉土藝術工作者等才會琉球語

Sunday, April 10, 2022

日本語が「国語」になった場所

 日本語が「国語」として意識されるようになったのは、1895年に台湾が割譲されたのがきっかけだという説があります。日本各地から集められた6人の先生が「国語伝習所」という小学校(現台北市立士林国民小学)を始めたのが、ここ銘伝大学のすぐ近くの芝山岩です。先生たちは翌年には抗日ゲリラに殺害されたのですが、後には芝山岩神社と伊藤博文が揮毫した石碑が建てられたそうです。戦後は士林国民小学の卒業生により、「六氏先生の墓」が建てられました。この芝山岩、もともとは士林の福建漳州人と万華の福建泉州人が戦ったときに前者が立て籠もった戦場で、その死者たちを祀った祠もあります。(もともと士林街はこのすぐ脇だったのですが、泉州人に焼き払われたので文林橋の南側に移転しました。)今は自然が豊かなハイキングコースになっていて、沿道の案内板表示されているのは、専ら自然生態の案内ばかりで、漳泉抗争や抗日ゲリラなど、歴史関係の掲示はほとんどありません。







Wednesday, April 11, 2012

Taiwan Japanese: Japanese as a lingua franca






台湾人にとって、日本語はとても身近な言語。

日本時代に教育を受けた台湾人は、いまだに日本語を使っている。たとえば、台湾の日本語書店では、日本人だけでなく、中国語が不自由な年配の台湾人をよく見かける。

また、国民政府が台湾に来て華語が普及するまで、異なった母語を持つ台湾人同士の会話は日本語が使われていた。一部の台湾原住民の間では、いまだに日本語が共通語として機能している。

元はといえば日本(主に九州)からもたらされた台湾の日本語だが、後に台湾人同士の交流に適すように発展したので、日本国内とはちょっと違った日本語が行われている。日本人の目から見て珍妙な日本語でも、台湾人同士の交流にはまったく差支えがないし、自然なのである。これに、「日本人はこんな言い方しない、日本語としておかしい」などとけちをつけるの権利は、日本人にはまったくない。この状況は、アジアにおける英語やアフリカにおけるフランス語に似ている。

ここ数年で中国との交流が盛んになったが、それまでは日本が台湾にとって最大の交流相手だったので、台北の街角でも日本語の看板やメニューをよく見かける。これらは、主に日本人観光客を想定している。

ただし、これらは日本人相手とは言っても、日本語が達者な台湾の年配者に訳させていることが多いため、台湾式日本語である。日本人にとっては、意味はなんとなくわかるけど、かなり古風で妙な感じがすることが多い。しかし、せっかく日本語で書いてくれたんだから、感謝すべきである。

また、日本における英語やフランス語と同じように、外国人の便宜のためというより、ただ「かっこよく」見せるために、ナンセンスな日本語が書いてあって、日本人が見たらてんでんおかしいということはよくある。この場合、日本語であることを強調するために、日本人なら普通漢字で書くものを、わざわざひらがなで書いてあることが多い。僕のスリッパには「すソつぱ つよい にほんせい」と書いてあるし、近所を走っている、中国語で「故宮博物院」と書かれたバスは「こきゅうはくぶついん」とわざわざひらがなの看板も掲げている。(これは、日本人観光客のためというより、市バスが国際化に取り組んでいるということを台北市民にアピールする目的だろう。日本人なら、幼稚園児でもない限り、故宮博物院という漢字はよめるだろうから。)また、僕は時々友人がやっている創作日本料理店のメニューを日本語に訳すことがあるが、日本人にとって自然な日本語に訳すと、「あまり漢字を使わないでくれ、日本語に見えないから」と文句をいわれることがよくある。

どちらにせよ、日本人に見せるために書いているのではないのだから、目くじらを立てる必要はまったくない。むしろ、日本語をよりカラフルで豊かな国際言語にしてくれていることに、感謝すべきなのである。

Thursday, April 5, 2012

幼少時に母が作った、


お昼に、うちの近所の「香港鑫記」(以前、何度か紹介しました)で食べたチャーシュー飯です。

チャーシューは、店によって当たりはずれが大きいです。しょっぱすぎ、甘すぎ、乾きすぎ、色がどぎつすぎ、などが失敗の主な原因です。ここのはちょうどいいです。

チャーシュー飯といえば、こんな思い出があります。

子供のころ、おばあちゃんのうちで大好きな香港映画のビデオを見ていたら(たぶん、ミスター・ブーのシリーズの一作かもしれません)、大快楽のようなファーストフード店でチャーシュー飯を食べているシーンが出てきました。

とてもおいしそうなので、母に作ってくれといいました。

そうしたら、母は家で豚肉を紐で縛ってオーブンで焼き、甘いしょうゆの香ばしいたれをご飯にいっぱいかけて、おいしいチャーシュー飯を作ってくれました。

それ以来、チャーシュー飯が好物ですよ。

出国する前は、当時の日本の中華料理店には普通チャーシュー飯というものがなかったので、横浜の中華街などへ食べに行ったりしましたが、英国に行ってから今までは、チャーシュー飯が手軽に食べられる環境なので幸せです。

本場の香港で食べたときも、おいしくて感動しました。