Friday, August 27, 2021

台湾語と福建語

東南アジアの人が「福建語」と呼んでいるのは、福建省南部の泉州地区と漳州地区の言葉がいろいろに混ざったものです。フィリピンは泉州寄りで、ペナンは漳州寄りです。

 

福建省南部の港町アモイはイギリスの拠点だったので、周辺から人がたくさん集まって、この二つの地域の言葉が(割と泉州寄りに)混ざりました。キリスト教の宣教師は聖書をこのアモイ語に訳したり、辞書を作ったりしたので、ある程度標準化しました。福建省の中では少数派の言語なのに、Hokkienといえばこの言語を指すようになったのは、イギリス人のおかげです。

 

台湾北部の台北盆地やシンガポールは、アモイと泉漳両語の混ざり方が似ていた(どちらかというと泉州寄り)上に、イギリスの宣教師が訳した聖書も入ったので、アモイ語とほとんど同じ言葉をしゃべるようになりました。日本人は台湾を領有したときに台北を拠点にしたので、台湾語の辞書や教科書はこのアモイ語そっくりな台北の言葉になりました。今でも日本で売っている台湾語の教科書は、ほとんど台北よりの単語や発音です。

 

台湾では、地域によって、泉州寄りの言葉を喋っているところ(主に西部の海沿い)と漳州寄りのところ(西部内陸部と宜蘭)があります。南部の台南や高雄は、この台湾中の言葉が、割と漳州寄りに混ざって、新しい台湾語が発展しました。これが台湾の教科書やマスコミで使われている台湾語で、民主化時代以降、兵役や政治運動を通して男性を中心に広がりました。

 

東南アジアと台湾の福建語の違いは、もともと福建になかった西洋的や近代的なものや概念を、何語から借りたかです。マレーシア・シンガポールではマレー語と英語から、インドネシアではオランダ語から、フィリピンではスペイン語から、台湾では日本語から借りました。例えば、スーツのことをフィリピンでは「アメリカーノ」というのに、台湾では「セビロ」と言います。ただし戦後は北京語教育が普及したので、北京語を福建語読みした「セーツォン」もよく使われます。

 

香港やマカオには、インドネシアから移って来た華人がいっぱいいて、年配の世代は今でも福建語を使っています(子供たちには北京語で話しますが、結局彼らは広東語のモノリンガルに育ちます)。

 

違いはあるけれども、私はマレーシアやフィリピンに行って台湾語を喋って、ほとんど不自由なく通じました。実際、北京語以外の中国語が禁止されているシンガポールでも、台湾のテレビドラマの録画が、年配の世代を中心に人気がありました。

 

台湾人の中には、「台湾語」というからには台湾でしか通じないのか、と思っている人もいるかもしれません。香港や東南アジアに買い物に行ったとき、普段台湾で子供や外国人に聞かれたくないひそひそ話をするときに台湾語を使う癖がついつい出て、台湾語を喋ってしまうと、何を喋っているのかバレてしまう可能性があるので気をつけて。

 

余談ですが、今、日本に住んでいる福建省出身の人の多くは、福州の近くの福清の出身だそうです。そっちの方(福建省の北東部)は、アモイ語とは似ても似つかない言語を喋っています。福建省の言葉なのだから、彼らは自分たちが喋っているのを福建語というかもしれませんが、東南アジアでいう福建語や台湾語とは全然違う言葉で、全く通じないのであしからず。マレーシアのサラワクや、インドネシアの一部で話しているやつと近くて、Hokchiu とかHokchiaとか呼んでいます。台湾が有効支配している馬祖諸島でもこれに近いものを話しています。厳密には、福清語と福州語は違うが、福清人は多くが両方のバイリンガルだとも聞きます。福建省ではこの言語を話す人のほうがアモイ語を話す人より多いそうですが、東南アジアではマイナーな言語で、一部の群居地を除いては、周辺でメジャーな言葉に吸収されているようです。

 

私は福建語の未来に悲観的です。台湾を含め華人社会全体で北京語教育や現地語教育・英語教育が普及して、福建語はお祭りの儀式や教育を受けていないお年寄りとの言葉になっています。マレーシアなどでは若者が復興運動をやっていますが、影響力が今ひとつです。福建では強制的な北京語普及が行われていて、アモイの子供は半数以上福建語を話せないそうです。

 

こうなると、福建語存続のカギは台湾です。台湾では民主化以来、マスコミでも多く使われ、小学校の科目にもなっています。ですからほとんどの人が多少できますが、ほぼ台湾全土で、台湾語だけを日常的に使っている人たちは、やはり田舎のお年寄りなどが多い印象です。台湾語の牙城台南市での調査でも、小学生はほとんど家庭で北京語と英語しか使っておらず、台湾語を使うのは学校の台湾語の授業のときだけでした。最近、台湾政府が打ち出した「バイリンガル国家2030」という政策では、バイリンガルが指すのは北京語と英語のことです。このまま行くと、アイルランドのアイルランド語のように、象徴的な存在になってしまうでしょう。例えば、中国と対抗する意識を強調したい政治家が、普段の私生活は北京語と英語で行っているのに、演説のときだけわざと台湾語を使う、といった具合です。

 

台湾で、もともとは上から押し付けられた外来言語だった北京語ですが、台湾人に半世紀使用されて台湾のことを表現できるように台湾化して、学校や役所で使う「頭の言語」だけではなく、「心の言語」にもなっています。

 

最近、日本ではこの北京語を指して台湾華語という言い方も出てきましたが、私や私の家族は、詳細をいちいち説明するのは面倒くさいので、周りの日本人たちに対しては、この台湾化した北京語のことを敢えて「台湾語」と呼ぶときもあります。福建系の台湾人だけではなく、一部のお年寄りを除いたほぼ全員の台湾人に通じるのだから、福建語よりも、もっと「台湾語」と呼ばれる資格があるような気もしないではありません。